AIMON(C)1998/02/26-2001/02/07
飲食店の営業許可をもらって,レストランの営業を開始したAですが,商売敵が「Aの店は不衛生だ」と悪いうわさを流し,そのうわさが保健所長の耳に入りました。Aの経営するレストランが本当に不衛生な状況で営業をしていた場合,保健所長としては何らかの手だてを打たなければ,お客さんに食中毒が発生するかもしれません。そこで,保健所長は,Aに対する営業許可の取消処分や営業停止処分を検討しています。
しかし,本当にAのレストランは不衛生な状況で営業をしていたのでしょうか。もし,商売敵が流したうわさがデマにすぎなかったならば,Aは身に覚えのない理由で不利益な処分を受けることになってしまいます。Aは,この「身に覚えのない理由による不利益な処分」すなわち瑕疵のある行政処分の効力を,不服申立てや取消訴訟によって事後的に争うことができます。しかし,これらの事後的な救済手段を保障しただけでは,Aの保護として十分とはいえません。
そこで,行政手続法は,第3章に「不利益処分」という章を置き,不利益処分を受ける者に対して,@なぜ不利益処分がされるかの理由を告知して,A反論をする機会を事前に保障する手続を規定しています。この事前手続には「聴聞」と「弁明の機会の付与」の2種類があります。「聴聞」は,正式な事前手続で,不利益処分を受ける者に対し口頭で意見を述べる機会が与えられています。これに対し,「弁明の機会の付与」は,略式な手続で,原則として書面で意見を述べる機会が与えられるにとどまります。
この第3章「不利益処分」では,聴聞手続が最も重要ですが,これについては第2節で説明することとし,この節では,@どのような処分が不利益処分となるか,A不利益処分をする基準はどのようになっているか,B不利益処分をしようとする場合には「聴聞」と「弁明の機会の付与」のいずれの手続を執らなければならないのか,そして,C不利益処分をしたときの理由の提示について説明します。
[不利益処分] まず,どのような処分が「不利益処分」に当たるのか(したがって,原則として「聴聞」や「弁明」の手続が必要となるのか。)についてです。不利益処分について行政手続法2条4号は,「行政庁が,法令に基づき,特定の者を名あて人として,直接に,これに義務を課し,又はその権利を制限する処分」と定義しています。例えば,違法建築物の除却命令(「あなたの建物は違法建築物ですから壊しなさい。」)などが「義務を課」す処分に当たります。また,営業免許の取消処分や営業停止処分などが「権利を制限する」処分に当たります。
[不利益処分の除外事項] ただし,次の@からCについては,不利益処分から除外されています(2条4号ただし書)。したがって,これらの処分については,聴聞や弁明の機会の付与などの行政手続法第3章「不利益処分」の規定は適用されません。特にAが重要です。
@ 「事実上の行為」及び「事実上の行為をするに当たりその範囲,時期等を明らかにするために法令上必要とされている手続としての処分」(2条4号ただし書イ) …例えば,建物への立入検査などや強制執行・即時強制などです。「事実上の行為」などについては,それらにふさわしい手続によるべきだからです。
A 「申請により求められた許認可等を拒否する処分」「その他申請に基づき当該申請をした者を名あて人としてされる処分」(2条4号ただし書ロ) …例えば,営業許可申請に対する拒否処分などです。申請を拒否されたときは,申請人にとって不利益ともいえますが,これについては,第2章で学んだ「申請に対する処分」が適用されることになっていることから,不利益処分から除外されているのです。
<申請に対する処分と不利益処分>
┌許可処分
│
┌第2章「申請に対する処分」┤
│ │
処分┤ └不許可処分(拒否処分)…「不利益処分」とはならない。
│
└第3章「不利益処分」
B 「名あて人となるべき者の同意の下にすることとされている処分」(2条4号ただし書ハ) …処分を受ける者が「同意」をしているからです。
C 「許認可等の効力を失わせる処分であって,当該許認可の基礎となった事実が消滅した旨の届出があったことを理由としてされるもの」(2条4号ただし書ニ) …処分を受ける者が自ら「届出」すなわち承諾をしているからです。
[処分の基準] ところで,保健所長は,Aに対する「営業許可の取消処分」や「営業停止処分」をする際に,どのような基準に従って処分決定をするのでしょうか。これらの処分基準は,食品衛生法という法律に規定があります。ただ,法令の規定があっても,それらはなお抽象的なものですから,保健所長が公正な判断をするためには,更に具体的に判断するための「処分基準」を定めておく必要があります。そこで行政手続法は,「行政庁は,不利益処分をするかどうか又はどのような不利益処分をするかについて法令の定めに従って判断するために必要とされる基準を定め,かつこれを公にしておくよう努めなければならない。」(12条1項)として,行政庁に処分基準の作成と公にする努力義務を規定しています。また,「行政庁は,処分基準を定めるに当たっては,当該不利益処分の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない。」(12条2項)としています。
なお,処分基準の作成は,努力義務にとどまっています。これは,法令で不利益処分が定められていても現実には全く行われたことのない処分もありますので,これらの前例のない不利益処分についてまで事前に処分基準を作成することは困難を伴うからです。また,作成した処分基準を公にすることも,努力義務にすぎません。例えば「1回目の違反…口頭による注意。2回目の違反…書面による厳重注意。3回目の違反…営業停止。」とする処分基準を作成した場合,これを公にすると,2回目までは営業停止とならないと考えて違反をする悪質な者がでてくるという弊害が生じるからです。
<審査基準(5条)と処分基準(12条)の比較>
┌──────┬─────────────┬─────────────────┐
│ │ 作成する義務 │ 公にする義務 │
├──────┼─────────────┼─────────────────┤
│ 審査基準 │ 作成しなければならない │ 公にしなければならない │
│ │ │ │
│ │ │ ※行政上特別の支障があるときは │
│ │ │ │
│ │ │ 公にしなくてもよい │
│ │ │ │
├──────┼─────────────┼─────────────────┤
│ 処分基準 │ 作成しなくてもよい │ 公にしなくてもよい │
│ │ │ │
│ │ (努力義務にとどまる) │ (努力義務にとどまる) │
│ │ │ │
└──────┴─────────────┴─────────────────┘
[聴聞と弁明との振り分けの基準] 保健所長が,前述の処分基準に従って,Aに対する処分として「営業許可の取消処分」又は「営業停止処分」を決定するとしても,不利益処分を受けるAの権利利益を保護するために「聴聞」又は「弁明の機会の付与」の手続を執る必要があります。これは既に説明したとおりです。では,保健所長は,Aに対する営業許可の取消処分や営業停止処分をしようとするに当たって,「聴聞」と「弁明の機会の付与」のいずれの手続を執らなければならないのでしょうか。
[聴聞が必要な処分] 行政手続法は,「許認可等の取消し」や,「資格や地位のはく奪」,「法人の役員や会員などの解任や除名」という極めて重い不利益処分をする場合は,「聴聞」の手続を執らなければならないとしています(13条1項1号イロハ)。また,これらに該当せず「弁明の機会の付与」で足りる場合でも,行政庁が相当と認めるときは「聴聞」の手続を執ることができます(13条1項1号ニ)。したがって,「営業許可の取消処分」をするには,「聴聞」の手続を執る必要があります。
[弁明の機会の付与で足りる処分] これら以外の不利益処分をする場合は,「弁明の機会の付与」で足りるとしています(13条1項2号)。したがって,「営業停止処分」をする場合は,保健所長が聴聞の手続を執るのが相当だと認めたときを除き,「弁明の機会の付与」の手続を執ることになります。
[役員等の解任を命ずる場合の特則] ところで,法人に対してその役員を解任するよう命じるという不利益処分をする場合(13条1項1号ハ)については特則があります。例えば,法人Aに対してその役員Bの解任を命じる場合には,不利益処分を受ける当事者は法人Aですが,その役員Bは,実質上不利益な処分を受ける対象者ですから,当事者として扱われます(28条1項)。また,この場合に,まず@法人Aに解任するよう命じる処分を行い,A法人Aがそれに従わなければ行政庁が役員Bを直接解任する処分を行うときがあります。この場合には,@とAの双方に聴聞手続を行う必要はありませんから,@にのみ聴聞を行うことにしています(28条2項)。
[聴聞又は弁明の機会の付与の例外] 行政庁が不利益処分をするには,前述のとおり「聴聞」又は「弁明の機会の付与」の手続を執ることが原則とされていますが,常にこれらの手続が必要というわけではありません。緊急を要する場合や金銭の納付を命ずる場合など,13条2項各号に規定する五つの場合は「聴聞」又は「弁明の機会の付与」の手続を執らなくてもよいものとされています。
[不利益処分の理由の提示] 聴聞や弁明の機会の付与の手続については後に詳しく説明しますので,ここでは,保健所長が,Aに対して,聴聞(又は弁明の機会の付与)という意見陳述のための手続を執った上で,営業許可の取消処分(又は営業停止処分)という不利益処分の決定をした場合を考えてみましょう。Aは,なぜ不利益処分を受けることになったのでしょうか。申請に対する処分のところで,許認可等の拒否処分をする場合には,申請者に対して当該処分の理由を示さなければならない旨を説明しました。この理由の提示は,営業許可の取消処分や営業停止処分などの不利益処分をする場合もまた同様で,行政手続法は,「行政庁は,不利益処分をする場合には,その名あて人に対し,同時に,当該不利益処分の理由を示さなければならない。」(14条1項本文)と規定しています。ただし,不利益処分は,申請に対する拒否処分とは異なって,危険が差し迫った状況で緊急に処分をしなけばならない場合も考えられます。そこで,「当該理由を示さないで処分をすべき差し迫った必要がある場合」には,処分と「同時に」理由を示さなくてもよく(14条1項ただし書),「処分後相当の期間内に,同項の理由を示さなければならない。」としています(14条2項)。なお,「当該名あて人の所在が判明しなくなったときその他処分後において理由を示すことが困難な事情があるとき」は,事後的に理由を提示する義務もありません(14条2項)。
[書面か口頭か] 理由の提示義務は,口頭で不利益処分をするときは口頭で提示すれば足りますが,「書面でするときは,前2項の理由は,書面により示さなければならない。」(14条3項)とされています。
<拒否処分の理由の提示(8条)と不利益処分の理由の提示(14条)の比較>
(1) 申請拒否処分の場合(8条)
(必要):処分と同時に
(不要):客観的基準に適合しない申請であることが申請書等から明らかなときは不要
(2) 不利益処分の場合(14条)
(必要):@処分と同時に
A当該理由を示さないで処分をすべき差し迫った必要がある場合は,処分後相当の期間内
(不要):上記Aの場合で,名あて人の所在不明その他理由を示すことが困難な事情があるときは不要