AIMON(C)1998/02/26-2001/02/07
1998年(平成10年)02月26日 初 版
2001年(平成13年)02月07日 第2版
[行政手続法とは] Aという人が,郊外に店舗を新築してレストラン(飲食店)の営業を始めようと思い立ったとしましょう。調理師免許を取得して,店舗を築造したとしても,営業をするためには,更に保健所長から営業許可をもらわなければなりません。では,@Aが飲食店の「営業許可申請」をした場合,保健所長はどのような手続で処理するのでしょうか。また,Aが営業許可をもらって営業を始めたところ,商売敵が「Aの店は不衛生だ」と悪いうわさを流し,それが保健所長の耳に入りました。A保健所長が,それが事実であると認めて,Aに対して「営業許可の取消処分」や「営業停止処分」をする場合,どのような手続で処理するのでしょうか。
これらの手続について規定した法律が行政手続法です。行政手続法は,更に,B保健所長が,Aに対して衛生上の改善指導や勧告といういわゆる「行政指導」をする場合の手続や,CAが保健所長に対して各種の届出をした場合の手続についても規定しています(なお,ここでは飲食店営業に関するケースを具体例として取り上げていますが,行政手続法は,飲食店営業に関してのみ適用される法律ではなく,その他の様々な行政手続にも適用されるものです。)。
これから行政手続法を説明する際は,なるべく,Aと保健所長の例や,その他の具体例を交えて進めていきますが,これはあくまでも「行政手続法」という法典を理解するためのものですから,六法を参照しながら学習するようにしてください。なお,以下で行政手続法の条文をかっこ内で引用する際には,単に(○○条)と条文番号のみを記載します。
[行政手続法の全体像] 行政手続法は,前述の@を「第2章 申請に対する処分」,Aを「第3章 不利益処分」(不利益の度合いが重いか軽いかにより「聴聞」と「弁明」とに分かれています。),Bを「第4章 行政指導」,Cを「第5章 届出」として規定し,更にすべてに共通する事項を「第1章 総則」として,また,地方公共団体の採るべき措置を「第6章 補則」として規定しています。法律の章建てを覚えておきましょう。
本章では,行政手続法の目的や,用語の定義,適用範囲について説明します。ちょっと抽象的な話が続きますが,がんばって読み進んでください(初めて行政手続法を勉強される方は,この章の「一 行政手続の意義と目的」を読んだら,二及び三は後回しにして,第2章以降を先に読みましょう。)。
なぜ,「申請に対する処分」や「不利益処分」などの手続について,行政手続法を制定する必要があるのでしょうか。これが,ここでのテーマです。
[瑕疵ある行政作用と事後的救済手段] 行政行為や行政指導などの行政作用には,「営業許可処分」のように国民に利益となるもの(受益的処分)と「営業停止処分」のように不利益となるもの(侵益的処分)があります。そして,違法に受益的処分をすることを拒否されたり,また,違法に侵益的処分がされると,相手方である国民は不利益を被ることになります。
このような場合に備えて,行政不服審査法や行政事件訴訟法による「事後的な救済手段」がありますが,これらの方法で救済を求めても取り消されるまでは有効と扱われますし(このように,違法であっても取り消されるまでは有効として扱われるという行政行為の効力を「公定力」といいます。),また,お金や時間がかかるなど,国民の権利利益の保護という観点からは不十分といわざるを得ません。
[事前手続としての行政手続法] そこで,事前に瑕疵ある行政行為などがされないようにする必要があり,国民の権利利益が侵害されないようにするために「事前手続」を規定した法が「行政手続法」なのです。
[行政手続法の目的] 行政手続法は,「@処分(申請に対する処分・不利益処分),A行政指導,B届出に関する手続に関し共通する事項を定め」た法であり,また,これらの手続を定めることによって,「行政運営における公正の確保と透明性の向上を図り」,「もって国民の権利利益の保護に資することを目的」としています(1条1項)。
「処分(申請に対する処分・不利益処分)」「行政指導」「届出」に関する手続に関し共通する事項を定め
↓
行政運営における「公正の確保」と「透明性の向上」を図る
↓
国民の権利利益を保護する
[一般法としての行政手続法] 行政手続法は,行政の事前手続に関する一般法であり,@処分,A行政指導,B届出に関する手続に関し行政手続法に規定する事項について,他の法律に特別の定めがある場合は,その特別法が適用されます(1条2項)。
※ 初めて行政手続法を勉強される方は,先に,第2章以下を読みましょう。
[行政手続法で用いられる用語] 行政手続法2条は,行政手続法で用いられている次の七つの用語について,その意義を定義しています。
@ 法 令 :「法律,法律に基づく命令,条例及び地方公共団体の執行機関の規則」
A 処 分 :「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」 …行政行為とほぼ同じ意味です。
B 申 請 :「法令に基づき,行政庁の許可,認可,免許その他の自己に対し何らかの利益を付与する処分を求める行為であって,当該行為に対して行政庁が諾否の応答をすべきこととされているもの」 …営業許可申請や建築確認申請などです。→第2章「申請に対する処分」参照
C 不利益処分:「行政庁が,法令に基づき,特定の者を名あて人として,直接に,これに義務を課し,又はその権利を制限する処分」 …営業許可の取消処分や営業停止処分などです。なお,この定義に当たる処分であっても除外される事項が規定されていますが(2条4号イロハニ),これらは第3章で説明します。→第3章「不利益処分」参照
D 行政機関 :イ・「内閣府,宮内庁,内閣府設置法第49条第1項若しくは第2項に規定する機関,国家行政組織法第3条第2項に規定する機関」 …府・省・委員会・庁のことです。
・「法律の規定に基づき内閣の所轄の下に置かれる機関」 …この例としては人事院があります。
・「これらの機関の職員であって法律上独立に権限を行使することを認められた職員」
ロ 「地方公共団体の機関」 …例えば,知事や市長,教育委員会。ただし,議会は除外されています。
E 行政指導 :「行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導,勧告,助言その他の行為であって処分に該当しないもの」 →第4章「行政指導」参照
F 届 出 :「行政庁に対し一定の事項の通知をする行為であって,法令により直接に当該通知が義務づけられているもの」 →第5章「届出」参照
[行政手続法の適用範囲と適用除外] 行政手続法は,行政手続に関する一般法ですから(1条2項),すべての行政手続に適用されるのが原則です。しかし,例外的に行政手続法が適用されない行政手続もあります(適用除外)。この適用除外事項には,@処分の性質上行政手続法の適用になじまないもの(3条1項),A地方公共団体に関するもの(3条2項),B行政機関相互の行為や特殊法人等に対する行為に関するもの(4条)があります。
[行政手続法3条1項の列挙事項] 行政手続法3条1項各号に列挙されている事項については,行政手続法第2章から第4章までの規定(申請に対する処分・不利益処分・行政指導)の適用が除外されています。これらについては,条文を読んで,なぜ適用除外とされるのかという次の@からBの理由が納得できれば十分です。
@ 処分を行う主体が特殊であり本来の行政権の行使とは認められないもの(1号〜6号)
例えば,国会の議決によってされる処分(1号),裁判所の裁判によってされる処分(2号),検査官会議で決すべきものとされている処分(4号)など
A 特別の法律で律せられる関係が認められるもの(7号〜10号)
例えば,学校や研修所において,教育や研修の目的を達成するために,学生や研修生に対してされる処分及び行政指導(7号),刑務所などにおいて,その収容の目的を達成するためにされる処分又は行政指導(8号),公務員又は公務員であった者に対してその職務又は身分に関してされる処分及び行政指導(9号),外国人の出入国,難民の認定又は帰化に関する処分又は行政指導(10号)
B 処分の性質上,行政手続法の諸規定の適用になじまないもの(11号〜16号)
例えば,専ら人の学識技能に関する試験又は検定の結果についての処分(11号),審査請求や異議申立てなどの不服申立てに対する行政庁の裁決,決定その他の処分(15号),審査請求や聴聞などの意見陳述の手続において法令に基づいてされる処分及び行政指導(16号)など
地方公共団体の機関がする処分等については,行政手続法第2章から第5章までの規定(申請に対する処分・不利益処分・行政指導・届出)の適用が除外されます。処分・届出と行政指導とでは適用除外とされる事項の範囲が異なっている点に注意しましょう。
┌根拠となる規定が「国の法令」に置かれているもの……適用あり
┌処分・届出┤
│ └根拠となる規定が「条例・規則」に置かれているもの…適用なし
│
└行政指導………………………………………………………………………適用なし
[根拠となる規定が「条例又は規則」に置かれている処分・届出] まずは,地方公共団体の機関が行う処分,及び地方公共団体に対する届出についてです。以下では処分について説明しますが,届出についても同様です。
地方公共団体の機関が行う処分には,その根拠となっている規定が,その地方公共団体の「条例又は規則」に置かれているものと,「国の法令」に置かれているものとがあります。この地方公共団体の機関が行う処分のうち,根拠規定が地方公共団体の「条例又は規則」に置かれているものについては,行政手続法第2章から第5章までの適用除外とされています。これは,各地方公共団体が「条例や規則」で独自に定めた事項ですから,地方公共団体の自主性を尊重するという見地から認められるものです。
例えば,ある県の知事が,県で独自に定めた「青少年保護育成条例」に違反する業者に対し,不利益な処分をするときは,その処分の根拠となる規定が条例に置かれていますから,行政手続法第2章から第5章までの規定は適用されません。
[根拠となる規定が「国の法令」に置かれている処分・届出] これに対し,地方公共団体の機関が行う処分のうち,根拠規定が「国の法令」に置かれているものについては,行政手続法が適用されます。これは,「国の法令」で規定した事項については,国がその処分に関心を持っているということからです。
例えば,パスポート(一般旅券)に関する事務は,本来,国の事務ですから外務大臣が行うべきものですが,政令で定めるところにより,その一部を都道府県知事が行うこととすることができるとされています(法定受託事務)。そこで,知事がパスポートに関する事務を処理する場合には,その権限の根拠となる規定が旅券法という「国の法律」に置かれていますので,行政手続法が適用されることになります。また,国民健康保険事業は,市町村の事務として市町村長が行うこととなっていますが(団体委任事務),この権限の根拠となる規定も,国民健康保険法という「国の法律」に置かれていますので,行政手続法が適用されることになります。
[地方公共団体の行政指導についての適用除外] 行政指導については,処分や届出の場合とは異なって,その根拠となる規定が地方公共団体の「条例・規則」に置かれているときだけでなく「国の法令」に置かれているときでも,すべて適用除外事項とされています。
[地方公共団体の措置] 以上の地方公共団体の機関が行う手続について行政手続法第2章から第5章までの規定が適用されない場合であっても,住民に対し何らの手続的保障をしなくてよいというわけではありません。そこで,行政手続法38条は,「地方公共団体は,…(行政手続法の適用されない)…処分,行政指導及び届出の手続について,この法律の規定の趣旨にのっとり,行政運営における公正の確保と透明性の向上を図るため必要な措置を講ずるよう努めなければならない。」と規定しています。この規定により,各地方公共団体は,行政手続条例の制定に向けて努力することが要請されることになります。ただし,「…努めなければならない」という文言からも分かるように,地方公共団体に対し努力義務を課すにとどまっています。
行政機関相互の行為や,特殊法人・認可法人・指定検査機関に対する行為については,その地位の特殊性から行政手続法の規定の適用が除外されています。
[行政機関相互の行為] 「国の機関又は地方公共団体若しくはその機関に対する処分・行政指導」や「これらの機関又は団体がする届出」については,「固有の資格」に基づいて処分を受けたり,届出をするときは,行政手続法の規定の適用が除外されています(4条1項)。行政手続法は,私たち一般の国民の権利利益の保護を目的としているからです。ここに「固有の資格」とは,「国の機関」や「地方公共団体」「地方公共団体の機関」という特別の立場で,という意味です。例えば,地方公共団体が鉄道事業を営む場合は,「地方公共団体」という特別の立場ではなく,一般私人と同じ立場で行うのですから,その事業における国土交通大臣の処分については,行政手続法が適用されることになります。
[特殊法人・認可法人] NTT東日本(東日本電信株式会社)などの「特殊法人」(4条2項1号)や,行政書士会などの「認可法人」(4条2項2号)は,行政代行的な業務を行っていますから,一般国民とは異なって,行政庁の監督に服することが必要となります。そこで,行政手続法第2章及び第3章の規定(申請に対する処分・不利益処分)の適用が除外されています。
ただし,これらの法人の解散を命じる場合や,設立許可を取り消す場合,及びこれらの法人の役員や業務に従事する者を解任する場合には,行政手続法の規定が適用されます。これらの場合は,単なる監督にとどまらず,地位そのものを奪うものとなるからです。
[指定試験機関・指定検査機関] また,行政庁が,試験事務や検査事務などについて,法律に基づき民間の機関を指定して行わせている場合があります。この場合の指定された民間の機関(例えば,行政書士試験の試験事務を行う財団法人行政書士試験研究センター)を「指定試験機関」又は「指定検査機関」といいますが,この指定試験機関・指定検査機関と行政庁との関係はいわば行政機関相互の関係と同様ですから,行政手続法第2章及び第3章の規定(申請に対する処分・不利益処分)の適用が除外されています(4条3項)。
ただし,指定を取り消す場合や,指定を受けた者が法人の場合にその役員や業務に従事する者を解任するときには,特殊法人等についてと同様に,行政手続法の規定が適用されます。
この第2章からが,いよいよ具体的な行政手続についての説明です。冒頭に掲げた,店舗を新築してレストランの営業を始めようとしているAという人の例を思い出しながら,読み進んでください。
[申請とその審査基準] Aがレストランの営業を行うためには,保健所長から飲食店の営業許可をもらわなくてはなりません。そこで,Aは,保健所長に対して,営業許可申請をする必要があります。保健所長は,Aの許可申請に対して,食品衛生法という法律の定めに従って許可するかどうかを判断することになります。ただ,法令の規定があってもこれはなお抽象的なものですから,保健所長が公正に判断するためには,更に具体的に判断するための「審査基準」を定めておく必要があります。そこで行政手続法は,「行政庁は,申請により求められた許認可等をするかどうかをその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準を定めるものとする。」(5条1項)として,行政庁に審査基準の作成を義務づけ,また,「行政庁は,審査基準を定めるに当たっては,当該許認可等の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない。」(5条2項)としています。なお,たとえ監督官庁から審査基準に係る通達があっても,それは審査基準作成の指針にすぎませんので,処分行政庁(保健所長)が,自ら審査基準を作成する必要があります。
そして,許認可の申請をする私たちにとっても,その審査基準が公にしてあった方が便利ですから,「行政庁は,……法令により当該申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により審査基準を公にしておかなければならない。」(5条3項)としています。ただし,「行政上特別の支障があるとき」は,公にする必要はありません。
※ 従来は,許認可の具体的基準が明らかでないため,申請者は,行政庁へ事前に相談に行くことが多く,これが不透明な行政指導を生じさせる原因となっていました(行政指導については第4章を参照)。
[標準処理期間] さて,必要な書類をそろえて許可申請をしたAは,いつ営業許可をもらえるのでしょうか。1週間後,1か月後,それとも1年後でしょうか。このように,許認可の申請をした者にとって,その処理期間は重大な関心事となります。そこで行政手続法は,標準処理期間につき,「行政庁は,申請がその事務所に到達してから当該申請に対する処分をするまでに通常要すべき標準的な期間を定めるよう努めるとともに,これを定めたときは,これらの当該申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により公にしておかなければならない。」(6条)としています。ただし,本条は,「定めるよう努める…」として努力義務を規定したにとどまっていますので,必ず標準処理期間を定めなければならないものではありません。
[申請に対する審査] 前述の標準処理期間を定めてあっても,保健所長が,Aの提出した許可申請書を受理していないとして審査を開始してくれなければ,無意味となります。従来は,申請書が行政庁に到達しても,「受付」と「受理」とを区別して,受理をしなければ審査を開始する必要はないとする取扱いがされることがあり,これがお役所に対する不信感を生む要因となっていました。そこで行政手続法は,「行政庁は,申請がその事務所に到達したときは遅滞なく当該申請の審査を開始しなければなら」ない(7条前段)と規定しています。
[形式的要件に適合しない申請] なお,申請の形式上の要件(例えば,申請書の記載事項に不備がないこと,申請書に必要な書類が添付されていること,申請をすることができる期間内にされたものであること)に適合しない申請がされた場合にも,「速やかに,申請をした者に対し,相当の期間を定めて当該申請の補正を求め,又は当該申請により求められた許認可等を拒否しなければならない。」(7条後段)と規定しています。本条後段は,行政不服審査法21条のように,拒否するには「必ず」補正を求めなければならないという規定ではありません。しかし,これは行政庁が大量の申請を受けた場合の事務処理上の負担を考慮したためですから,できるだけ補正を求めるよう運用することが望ましいといえましょう。
[情報の提供] 標準処理期間はあくまで許可・不許可処分がされる期間についての目安にすぎません。そこで,Aにとっては,現実に許可証を受け取るまでは,保健所長の審査がどの程度進められているかについて問い合わせたいと思うことも生じます。そのために,行政手続法は,「行政庁は,申請者の求めに応じ,当該申請に係る審査の進行状況及び当該申請に対する処分の時期の見通しを示すよう努めなければならない。」(9条1項)と規定しています。
その他,申請に必要な情報についても,「行政庁は,申請をしようとする者又は申請者の求めに応じ,申請書の記載及び添付書類に関する事項その他の申請に必要な情報の提供に努めなければならない。」(9条2項)としています。
[公聴会の開催] ところで,Aが店舗を新築してレストランを経営するためには,飲食店の営業許可だけでなく,店舗の新築のための建築確認も必要となります。すなわち,建物を建築するためには,建築計画が適法であるか否かについて,建築主事という行政庁から「建築確認」をしてもらわなければならないのです。建築主事が建築確認をする場合は,違法な建築物によって隣接住民が火災などの被害に遭わないようにすることも考慮しなければなりませんので,隣接住民という申請者以外の者の意見をも聴くことが好ましいことも少なくありません(例えば,Aが原子力発電所や化学工場の建築を計画している場合を考えてみましょう。)。そこで行政手続法は,「行政庁は,申請に対する処分であって,申請者以外の者の利害を考慮すべきことが当該法令において許認可等の要件とされているものを行う場合には,必要に応じ,公聴会の開催その他の適当な方法により当該申請者以外の者の意見を聴く機会を設けるよう努めなければならない。」(10条)として公聴会の開催等の努力義務を規定しています。なお,この「公聴会」と第3章で説明する「聴聞」とを混同しないように注意してください。
公聴会:申請者以外の者の意見を聴くためのもの
聴 聞:不利益処分を受ける者の言い分を聴くためのもの
[複数の行政庁が関与する処分] Aが,建築主事に対する建築確認申請とともに,保健所長に対する営業許可申請を同時にした場合に,従来は,建築主事からは営業許可を先にもらうように指導され,また,保健所長からは建築確認を先にもらうように指導されて,双方の審査が遅れるという事態が生じることがありました。しかし,建築確認と営業許可とはその目的が異なり無関係ですから,このような行政上の取扱いは,Aにとっては,いたずらに営業開始が遅れて迷惑なだけです。そこで行政手続法は,「行政庁は,申請の処理をするに当たり,他の行政庁において同一の申請者からされた関連する申請が審査中であることをもって自らすべき許認可等をするかどうかについての審査又は判断を殊更に遅延させるようなことをしてはならない。」(11条1項)とし,また,「一の申請又は同一の申請者からされた相互に関連する複数の申請に対する処分について複数の行政庁が関与する場合においては,当該複数の行政庁は,必要に応じ,相互に連絡をとり,当該申請者からの説明の聴取を共同して行う等により審査の促進に努めるものとする。」(11条2項)と規定しています。
[拒否処分の理由の提示] Aが建築主事から建築確認をもらって店舗の築造を終え,営業許可書を待っていたのですが,保健所長から届けられたのは不許可処分の通知書だったとしましょう。なぜ不許可処分となったのでしょうか。その理由によっては,Aは,足りない点を補って改めて許可申請をするかもしれませんし,また,保健所長の勘違いであれば不服申立てや取消訴訟の提起をするかもしれません。このように申請について拒否処分を受ける者にとって,その理由を提示してもらうことは,その後の対処のために重要ですし,また,処分をする行政庁にとっても慎重に審査することになるでしょう。そこで行政手続法は,「行政庁は,申請により求められた許認可等を拒否する処分をする場合には,申請者に対し,同時に,当該処分の理由を示さなければならない。」(8条1項本文)として,理由の提示義務を定めています。
[基準に適合しないことが明白な場合] ただし,この理由の提示は,許可不許可の基準が数量的な指標などの客観的な指標によって明確に定められ,しかも基準に適合しないことが申請書の記載などから明らかなときは,「申請者の求めがあったときにこれを示せば足りる」とされています(8条1項ただし書)。
[書面か口頭か] なお,この理由の提示義務は,口頭で拒否処分をするときは口頭で提示すれば足りますが,「書面でするときは,同項の理由は,書面により示さなければ」なりません(8条2項)。
以上と異なり,保健所長の許可処分がされると,Aは,いよいよレストランの営業を開始することができるようになります。
飲食店の営業許可をもらって,レストランの営業を開始したAですが,商売敵が「Aの店は不衛生だ」と悪いうわさを流し,そのうわさが保健所長の耳に入りました。Aの経営するレストランが本当に不衛生な状況で営業をしていた場合,保健所長としては何らかの手だてを打たなければ,お客さんに食中毒が発生するかもしれません。そこで,保健所長は,Aに対する営業許可の取消処分や営業停止処分を検討しています。
しかし,本当にAのレストランは不衛生な状況で営業をしていたのでしょうか。もし,商売敵が流したうわさがデマにすぎなかったならば,Aは身に覚えのない理由で不利益な処分を受けることになってしまいます。Aは,この「身に覚えのない理由による不利益な処分」すなわち瑕疵のある行政処分の効力を,不服申立てや取消訴訟によって事後的に争うことができます。しかし,これらの事後的な救済手段を保障しただけでは,Aの保護として十分とはいえません。
そこで,行政手続法は,第3章に「不利益処分」という章を置き,不利益処分を受ける者に対して,@なぜ不利益処分がされるかの理由を告知して,A反論をする機会を事前に保障する手続を規定しています。この事前手続には「聴聞」と「弁明の機会の付与」の2種類があります。「聴聞」は,正式な事前手続で,不利益処分を受ける者に対し口頭で意見を述べる機会が与えられています。これに対し,「弁明の機会の付与」は,略式な手続で,原則として書面で意見を述べる機会が与えられるにとどまります。
この第3章「不利益処分」では,聴聞手続が最も重要ですが,これについては第2節で説明することとし,この節では,@どのような処分が不利益処分となるか,A不利益処分をする基準はどのようになっているか,B不利益処分をしようとする場合には「聴聞」と「弁明の機会の付与」のいずれの手続を執らなければならないのか,そして,C不利益処分をしたときの理由の提示について説明します。
[不利益処分] まず,どのような処分が「不利益処分」に当たるのか(したがって,原則として「聴聞」や「弁明」の手続が必要となるのか。)についてです。不利益処分について行政手続法2条4号は,「行政庁が,法令に基づき,特定の者を名あて人として,直接に,これに義務を課し,又はその権利を制限する処分」と定義しています。例えば,違法建築物の除却命令(「あなたの建物は違法建築物ですから壊しなさい。」)などが「義務を課」す処分に当たります。また,営業免許の取消処分や営業停止処分などが「権利を制限する」処分に当たります。
[不利益処分の除外事項] ただし,次の@からCについては,不利益処分から除外されています(2条4号ただし書)。したがって,これらの処分については,聴聞や弁明の機会の付与などの行政手続法第3章「不利益処分」の規定は適用されません。特にAが重要です。
@ 「事実上の行為」及び「事実上の行為をするに当たりその範囲,時期等を明らかにするために法令上必要とされている手続としての処分」(2条4号ただし書イ) …例えば,建物への立入検査などや強制執行・即時強制などです。「事実上の行為」などについては,それらにふさわしい手続によるべきだからです。
A 「申請により求められた許認可等を拒否する処分」「その他申請に基づき当該申請をした者を名あて人としてされる処分」(2条4号ただし書ロ) …例えば,営業許可申請に対する拒否処分などです。申請を拒否されたときは,申請人にとって不利益ともいえますが,これについては,第2章で学んだ「申請に対する処分」が適用されることになっていることから,不利益処分から除外されているのです。
<申請に対する処分と不利益処分>
┌許可処分
│
┌第2章「申請に対する処分」┤
│ │
処分┤ └不許可処分(拒否処分)…「不利益処分」とはならない。
│
└第3章「不利益処分」
B 「名あて人となるべき者の同意の下にすることとされている処分」(2条4号ただし書ハ) …処分を受ける者が「同意」をしているからです。
C 「許認可等の効力を失わせる処分であって,当該許認可の基礎となった事実が消滅した旨の届出があったことを理由としてされるもの」(2条4号ただし書ニ) …処分を受ける者が自ら「届出」すなわち承諾をしているからです。
[処分の基準] ところで,保健所長は,Aに対する「営業許可の取消処分」や「営業停止処分」をする際に,どのような基準に従って処分決定をするのでしょうか。これらの処分基準は,食品衛生法という法律に規定があります。ただ,法令の規定があっても,それらはなお抽象的なものですから,保健所長が公正な判断をするためには,更に具体的に判断するための「処分基準」を定めておく必要があります。そこで行政手続法は,「行政庁は,不利益処分をするかどうか又はどのような不利益処分をするかについて法令の定めに従って判断するために必要とされる基準を定め,かつこれを公にしておくよう努めなければならない。」(12条1項)として,行政庁に処分基準の作成と公にする努力義務を規定しています。また,「行政庁は,処分基準を定めるに当たっては,当該不利益処分の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない。」(12条2項)としています。
なお,処分基準の作成は,努力義務にとどまっています。これは,法令で不利益処分が定められていても現実には全く行われたことのない処分もありますので,これらの前例のない不利益処分についてまで事前に処分基準を作成することは困難を伴うからです。また,作成した処分基準を公にすることも,努力義務にすぎません。例えば「1回目の違反…口頭による注意。2回目の違反…書面による厳重注意。3回目の違反…営業停止。」とする処分基準を作成した場合,これを公にすると,2回目までは営業停止とならないと考えて違反をする悪質な者がでてくるという弊害が生じるからです。
<審査基準(5条)と処分基準(12条)の比較>
┌──────┬─────────────┬─────────────────┐
│ │ 作成する義務 │ 公にする義務 │
├──────┼─────────────┼─────────────────┤
│ 審査基準 │ 作成しなければならない │ 公にしなければならない │
│ │ │ │
│ │ │ ※行政上特別の支障があるときは │
│ │ │ │
│ │ │ 公にしなくてもよい │
│ │ │ │
├──────┼─────────────┼─────────────────┤
│ 処分基準 │ 作成しなくてもよい │ 公にしなくてもよい │
│ │ │ │
│ │ (努力義務にとどまる) │ (努力義務にとどまる) │
│ │ │ │
└──────┴─────────────┴─────────────────┘
[聴聞と弁明との振り分けの基準] 保健所長が,前述の処分基準に従って,Aに対する処分として「営業許可の取消処分」又は「営業停止処分」を決定するとしても,不利益処分を受けるAの権利利益を保護するために「聴聞」又は「弁明の機会の付与」の手続を執る必要があります。これは既に説明したとおりです。では,保健所長は,Aに対する営業許可の取消処分や営業停止処分をしようとするに当たって,「聴聞」と「弁明の機会の付与」のいずれの手続を執らなければならないのでしょうか。
[聴聞が必要な処分] 行政手続法は,「許認可等の取消し」や,「資格や地位のはく奪」,「法人の役員や会員などの解任や除名」という極めて重い不利益処分をする場合は,「聴聞」の手続を執らなければならないとしています(13条1項1号イロハ)。また,これらに該当せず「弁明の機会の付与」で足りる場合でも,行政庁が相当と認めるときは「聴聞」の手続を執ることができます(13条1項1号ニ)。したがって,「営業許可の取消処分」をするには,「聴聞」の手続を執る必要があります。
[弁明の機会の付与で足りる処分] これら以外の不利益処分をする場合は,「弁明の機会の付与」で足りるとしています(13条1項2号)。したがって,「営業停止処分」をする場合は,保健所長が聴聞の手続を執るのが相当だと認めたときを除き,「弁明の機会の付与」の手続を執ることになります。
[役員等の解任を命ずる場合の特則] ところで,法人に対してその役員を解任するよう命じるという不利益処分をする場合(13条1項1号ハ)については特則があります。例えば,法人Aに対してその役員Bの解任を命じる場合には,不利益処分を受ける当事者は法人Aですが,その役員Bは,実質上不利益な処分を受ける対象者ですから,当事者として扱われます(28条1項)。また,この場合に,まず@法人Aに解任するよう命じる処分を行い,A法人Aがそれに従わなければ行政庁が役員Bを直接解任する処分を行うときがあります。この場合には,@とAの双方に聴聞手続を行う必要はありませんから,@にのみ聴聞を行うことにしています(28条2項)。
[聴聞又は弁明の機会の付与の例外] 行政庁が不利益処分をするには,前述のとおり「聴聞」又は「弁明の機会の付与」の手続を執ることが原則とされていますが,常にこれらの手続が必要というわけではありません。緊急を要する場合や金銭の納付を命ずる場合など,13条2項各号に規定する五つの場合は「聴聞」又は「弁明の機会の付与」の手続を執らなくてもよいものとされています。
[不利益処分の理由の提示] 聴聞や弁明の機会の付与の手続については後に詳しく説明しますので,ここでは,保健所長が,Aに対して,聴聞(又は弁明の機会の付与)という意見陳述のための手続を執った上で,営業許可の取消処分(又は営業停止処分)という不利益処分の決定をした場合を考えてみましょう。Aは,なぜ不利益処分を受けることになったのでしょうか。申請に対する処分のところで,許認可等の拒否処分をする場合には,申請者に対して当該処分の理由を示さなければならない旨を説明しました。この理由の提示は,営業許可の取消処分や営業停止処分などの不利益処分をする場合もまた同様で,行政手続法は,「行政庁は,不利益処分をする場合には,その名あて人に対し,同時に,当該不利益処分の理由を示さなければならない。」(14条1項本文)と規定しています。ただし,不利益処分は,申請に対する拒否処分とは異なって,危険が差し迫った状況で緊急に処分をしなけばならない場合も考えられます。そこで,「当該理由を示さないで処分をすべき差し迫った必要がある場合」には,処分と「同時に」理由を示さなくてもよく(14条1項ただし書),「処分後相当の期間内に,同項の理由を示さなければならない。」としています(14条2項)。なお,「当該名あて人の所在が判明しなくなったときその他処分後において理由を示すことが困難な事情があるとき」は,事後的に理由を提示する義務もありません(14条2項)。
[書面か口頭か] 理由の提示義務は,口頭で不利益処分をするときは口頭で提示すれば足りますが,「書面でするときは,前2項の理由は,書面により示さなければならない。」(14条3項)とされています。
<拒否処分の理由の提示(8条)と不利益処分の理由の提示(14条)の比較>
(1) 申請拒否処分の場合(8条)
(必要):処分と同時に
(不要):客観的基準に適合しない申請であることが申請書等から明らかなときは不要
(2) 不利益処分の場合(14条)
(必要):@処分と同時に
A当該理由を示さないで処分をすべき差し迫った必要がある場合は,処分後相当の期間内
(不要):上記Aの場合で,名あて人の所在不明その他理由を示すことが困難な事情があるときは不要
第1節では,不利益処分をする場合について,第1に,行政庁のしようとしている処分が不利益処分に当たるかどうか,第2に,不利益処分だとしたらそれはどのような基準に基づいて処分がされるのか,第3に,その際に必要な当事者に対する事前手続は「聴聞」か「弁明の機会の付与」か,そして最後に,なぜ不利益処分がされたのかについての理由の提示という,一般的な説明をしました。
この第2節では,不利益処分をする手続の中で最も重要な「聴聞」の手続について,「聴聞の手続に関与する人たち」と「聴聞の手続の流れ」との二つの視点から説明することにします。
┌────────────────────────────────┐
│ (行政庁が指名)→ <主宰者> │
│ │
│ │
│ │
│ <行政庁の職員> <当事者・代理人,補佐人> │
│ │
│ │
│ │
│ <参加人(注1)> <参加人(注2)> │
└────────────────────────────────┘
(注1)当事者に対する不利益処分によって利益となる参加人
(注2)当事者に対する不利益処分によって当事者と同様に不利益を被る参加人
[聴聞の登場人物] 聴聞の手続は,保健所長という行政庁が指名した「主宰者」によって主宰されます。そして,聴聞の期日には,不利益処分をする側からは「行政庁の職員」が出席し,不利益処分を受ける側としては「当事者」としてのAが出頭して意見陳述をします。また,Aに対する不利益処分により利害関係が生じる「関係人」がいる場合があります。この関係人は,一定の要件のもとに「参加人」として聴聞手続に参加することができます。当事者と参加人は,「代理人」を選任して聴聞に関する一切の行為をさせたり,また,「補佐人」と呼ばれる補助者を伴って出頭することもできます。
[当事者の口頭による意見陳述権・証拠書類の提出権] 聴聞を開始するためには,行政庁は,処分の名あて人となる者(A)に対し,聴聞のための通知をしなければなりません(15条)。この聴聞の通知を受けたAを,聴聞の「当事者」といいます。
そして,行政手続法は,当事者(又は参加人)に対し,「当事者(又は参加人)は,聴聞の期日に出頭して,意見を述べ,及び証拠書類等を提出し,並びに主宰者の許可を得て行政庁の職員に対し,質問を発することができる。」(20条2項)と規定して,聴聞の期日に出頭して意見陳述の機会を与えています(聴聞通知による教示につき15条2項1号)。この口頭による意見陳述権が認められているのは,営業許可の取消しという保健所長の重い不利益処分に対しAにも言い分があるかもしれませんので,これを聴かずに処分をするのはAに対する手続的な保障としては不十分だからです(この点が弁明書を提出できるにすぎない「弁明の機会の付与」との違いです。)。
[陳述書及び証拠書類の提出権] なお,聴聞の期日に出頭して口頭による意見陳述を行うことは,当事者であるA(又は参加人)に保障された権利であって義務ではありません。そこで行政手続法は,「当事者(又は参加人)は,聴聞の期日への出頭に代えて,主宰者に対し,聴聞の期日までに陳述書及び証拠書類等を提出することができる。」(21条1項)と規定しています。
[文書等の閲覧] ところで,保健所長は,Aのどのような行為が営業免許の取消処分の原因となる事実に当たると判断したのでしょうか。また,それはどのような資料に基づいて判断したのでしょうか。聴聞の当事者となったAは,この点について知ることができなければ,的を射た反論をすることができません。そこで行政手続法は,「当事者…は,聴聞の通知があった時から聴聞が終結する時までの間,行政庁に対し,当該事案についてした調査の結果に係る調書その他の当該不利益処分の原因となる事実を証する資料の閲覧を求めることができる。」(18条1項前段)と規定して,文書等の閲覧請求権を認めています(聴聞通知による教示につき15条2項2号)。このAからの文書等の閲覧請求に対し,保健所長は,常に応じなければならないわけではありませんが,Aの閲覧請求は極力認めるべきですから,「第三者の利益を害するおそれがあるときその他正当な理由があるときでなければ,その閲覧を拒むことができない。」(18条1項後段)としています。
また,聴聞の期日において新たに文書等の閲覧をする必要が生じる場合がありますので,「当事者等が聴聞の期日における審理に応じて必要となった資料の閲覧を更に求めることを妨げない。」(18条2項)としています。
なお,閲覧請求が認められる場合でも,保健所長などの行政庁の都合も考慮する必要もあります。そこで行政手続法は,「行政庁は,閲覧について日時及び場所を指定することができる。」(18条3項)と規定しています。
[代理人] 当事者であるAは,自ら聴聞に関する手続を行うだけでなく,「代理人」を選任してこれを行わせることもできます(16条1項)。代理人は複数でも構いません。代理人は,各自,当事者であるAのために,聴聞に関する一切の行為をすることができます(16条2項)。この代理人の資格は,書面で証明しなければなりません(16条3項)。なお,Aが代理人をクビにするなどにより「代理人がその資格を失ったときは,当該代理人を選任した当事者は,書面でその旨を行政庁に届け出なければ」なりません(16条4項)。この届出は,当事者であるA自身がするのであって,代理人がするのではありませんので注意してください。
[補佐人] 聴聞の当事者であるAは,聴聞の期日に「補佐人」とともに出頭することもできます(20条3項)。「補佐人」とは,例えば当事者が言葉をしゃべれない場合に手話で通訳をする者や,また,当事者の足りない知識を持っている専門家などのように,聴聞の期日に当事者や代理人とともに出頭して当事者等を補佐する者をいいます。代理人を選任するには聴聞の主宰者の許可を得る必要はありませんが,補佐人を伴って出頭するには「主宰者の許可」を得なければなりません(20条3項)。
[関係人と参加人] Aに対する不利益処分によって,当事者であるA以外に,利益となったり不利益となったりする「関係人」がいる場合があります。Aに対する不利益処分が飲食店営業許可の取消処分の場合であれば,関係人がいるケースは余り考えられませんが,例えば,化学工場の操業停止処分のような場合であれば,隣接住民が関係人に当たることになりましょう。行政手続法は,「聴聞を主宰する者は,必要があると認めるときは,当事者以外の者であって当該不利益処分の法令に照らし当該不利益処分につき利害関係を有するものと認められる者(関係人)に対し,当該聴聞に関する手続に参加することを求め,又は当該聴聞の手続に参加することを許可することができる。」(17条1項)と規定して,関係人にも一定の場合には聴聞に参加する機会を保障しています。聴聞に参加した「関係人」を「参加人」といいます。
[参加人の口頭による意見陳述権・証拠書類等の提出権・文書等の閲覧権] 参加人には,当事者と同様に,聴聞期日に出頭し,口頭による意見陳述権が認められますし(20条2項),出頭に代えて陳述書及び証拠書類等の提出権も認められています(21条1項)。この点は当事者と同様です。
また,参加人には,当事者に対する不利益処分によって,@自己の利益を害される参加人と,A自己に利益となる参加人とがあり,このうち@の当事者に対する不利益処分によって「自己の利益を害される参加人」には,文書等の閲覧権も認められています(18条1項)。
その他,参加人も,当事者と同様に,「代理人」を選任することや(17条2項3項),主宰者の許可を得て「補佐人」を伴って出頭することができます(20条3項)。
[当事者と参加人との手続上の違い] 当事者と参加人との手続における違いは次の点です。
@ 参加人には聴聞の通知がされないこと(15条参照)。ただし,期日を続行するときは,期日に出頭しなかった参加人にも通知されます(22条2項)。
A 当事者に対する不利益処分によって自己に利益となる参加人には,文書等の閲覧権が認められないこと(18条1項)。
B 参加人が期日に出席しなくても改めて意見陳述の機会を与えることなく聴聞手続が終結すること(23条)。
[聴聞の主宰者] 「聴聞は,行政庁が指名する…者が主宰」します(19条1項)。この「主宰者」は,処分行政庁である保健所長が,@(保健所の)職員,その他A政令で定める者の中から指名します(19条1項)。このように行政庁とは別に「主宰者」の存在が予定されているのは,処分行政庁と異なる者が聴聞を主宰する方が公正な手続が期待できるからです。ただし,処分行政庁が自分自身を主宰者に指名することは禁止されていませんので,公正という観点からは少し不徹底です。
[主宰者となることができない人] なお,当事者又は参加人,その一定の範囲の親族,その代理人や補佐人などは主宰者となることはできません(19条2項)。
<主宰者となることができない人>
@ 聴聞の「当事者又は参加人」
A 当事者・参加人の「配偶者,4親等内の親族又は同居の親族」
B 当事者・参加人の「代理人又は補佐人」
C 当事者・参加人の「代理人又は補佐人であったことのある者」
D 当事者・参加人の「後見人,後見監督人,保佐人,保佐監督人,補助人又は補助監督人」
E 「参加人以外の関係人」
ここでは,聴聞の手続の流れについて説明します。次のチャートは,聴聞の通知から始まり,聴聞の期日を経て,その報告を受けた保健所長が不利益処分をするまでの流れを示したものです。
┌───────────────────────┐
│ 聴聞の通知 │
└───────────────────────┘
↓
┌───────────────────────┐
│ 聴聞の期日 → (続行期日)→ 聴聞の終結 │
└───────────────────────┘
↓
┌────────────────┐ ↑
│ 聴聞調書・報告書の作成と提出 │(聴聞の再開)
└────────────────┘ │
↓
┌───────────────────────┐
│ 行政庁による処分決定 │
└───────────────────────┘
[聴聞の通知の方式] 処分行政庁である保健所長は,聴聞を始めるに当たっては,聴聞を行う期日までに相当の期間をおいて,不利益処分の名あて人となるべきAに対し,次の四つの事項を書面で通知しなければなりません(15条1項)。
@ 予定される不利益処分の「内容」及び「根拠となる法令の条項」
A 「不利益処分の原因となる事実」
B 聴聞の「期日」及び「場所」
C 聴聞に関する事務を所掌する組織の「名称」及び「所在地」
[教示] また,聴聞通知の書面においては,次の二つの事項を教示しなければなりません(15条2項)。
@ 聴聞の期日に出頭して意見を述べ,及び証拠書類又は証拠物を提出し,又は聴聞の期日への出頭に代えて陳述書及び証拠書類等を提出できること。
A 聴聞が終結するまでの間,当該不利益処分の原因となる事実を証する資料の閲覧を求めることができること。
これらの事項につき教示が必要とされているのは,当事者には@口頭による意見陳述権(20条2項)やA文書等の閲覧請求権(18条)が認められますが,当事者がこれらの権利が認められていることを知らずにいると,せっかく認められた権利が無意味になってしまうからです。
[公示による通知] なお,不利益処分の名あて人が所在不明の場合には,この書面を交付することができません。そこで,この書面をいつでも交付できる旨を行政庁の事務所の掲示場に掲示することによって,聴聞のための通知を行うことができます。この場合には,掲示を始めた日から2週間を経過したときに,この書面がその者に到達したものとみなされます(15条3項)。この規定は,続行期日を指定した場合(22条3項)のほか,弁明の機会の付与の手続にも準用されています(31条)。
[行政庁の職員による冒頭説明] 聴聞の期日においては,「主宰者は,最初の聴聞の期日の冒頭において,行政庁の職員に,予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項並びにその原因となる事実を聴聞の期日に出頭した者に対し説明させなければ」なりません(20条1項)。
そこで,保健所長の補助職員は,「予定される不利益処分の内容:Aに対する営業免許の取消処分。根拠となる法令の条項:食品衛生法○○条。不利益処分の原因となる事実:Aは,飲食店営業の許可を得てレストラン△△の営業を営んでいたところ,平成○年○月○日に同レストランにおいて食中毒の原因となる○△菌の発生した食物を多数の客に提供し,もって多数の客に食中毒による死傷結果を生じさせたものである。」などと説明します。これは,既にAに対する聴聞の通知に記載した事項(15条1項1号2号)と同じですが,参加人に対して聴聞の通知はされませんので,参加人が出頭しているときは冒頭説明をする意味があります。
[当事者の口頭による意見陳述権・証拠書類等の提出権] これに対し,当事者であるAは,「私のレストランでは,食品の衛生管理は万全であり,食中毒が生じることなどありません。」などと意見を述べたり,証拠書類等を提出したりできます。また,主宰者の許可を得て「保健所では,なぜそれらの者が私のレストランに来店した客だと判断したのですか?」などと行政庁の職員に対して質問を発することができます(20条2項)。これらの権利は参加人にも与えられています。この点については既に「聴聞に関与する人たち」のところで説明したとおりです。
[主宰者の釈明権] 主宰者は,保健所長の補助職員とAとのそれぞれの言い分を聴き,更に「聴聞の期日において必要があると認めるときは,当事者若しくは参加人に対し質問を発し,意見の陳述若しくは証拠の提出を促し,又は行政庁の職員に対し説明を求めること」ができます(20条4項)。
[当事者・参加人の不出頭] なお,「主宰者は,当事者又は参加人の一部が出頭しないときであっても,聴聞の期日における審理を行うこと」ができます(20条5項)。この場合,当事者又は参加人が陳述書及び証拠書類等の提出権(21条1項)に基づいてこれらの書類を提出しているときは,「主宰者は,聴聞期日に出頭した者に対し,その求めに応じて,提出された陳述書及び証拠書類等を示すこと」ができます(21条2項)。
[聴聞の審理の非公開] これらの「聴聞の期日における審理は,……公開しない」(20条6項)ことになっています。聴聞を公開することとすると,聴聞の当事者がプライバシーの侵害されることをおそれて,せっかくの聴聞手続を放棄してしまうかもしれないからです。したがって,当事者や第三者のプライバシーを侵害するおそれがない場合など,「行政庁が公開することを相当と認めるとき」は例外的に公開することができます(20条6項)。憲法82条の裁判の公開と混同しないように注意しましょう。
[続行期日の指定] 聴聞の審理は1回の期日では終わらない場合がありますので,行政手続法は,「主宰者は,聴聞の期日における審理の結果,なお聴聞を続行する必要があると認めるときは,さらに新たな期日を定めることができる。」(22条1項)と規定しています。この場合,「聴聞の期日に出頭した当事者及び参加人に対しては,当該聴聞の期日においてこれを告知」すればよいのですが,それ以外の聴聞の期日に出頭しなかった当事者及び参加人に対しては,「あらかじめ,次回の聴聞の期日及び場所を書面により通知しなければ」なりません(22条2項)。この場合には,公示による通知に関する15条3項が準用されています(22条3項)。
[当事者の不出頭の場合における聴聞の終結] 以上の聴聞の審理がすべて終了すれば聴聞は終結します。しかし,これ以外にも,当事者が聴聞期日に出頭せず,かつ,陳述書や証拠書類等を提出しない場合や参加人が出頭しない場合にも終結します。当事者の不出頭の場合は,更に「正当な理由がないとき」と,「正当な理由があるとき」とがあります。行政手続法23条は分かりにくい条文ですので,次のチャートを見ながら読んでください。
┌正当の理由なし……………意見陳述等の機会を与えずに終結できる
│ ↑
当事者→不出頭+証拠書類等の不提出┤ └────────┐
│ ┌出頭が見込めるとき(→出頭すれば期日を続行)
└正当の理由あり┤
└出頭が見込めないとき
↓
相当期限を定めて証拠書類等の提出を求める
↓
・……………期限到来したときに終結できる
参加人→不出頭…………………………(正当な理由の有無を問わず)意見陳述等の機会を与えずに終結できる
[当事者の場合(正当事由がないとき)] 当事者が聴聞期日に出頭せず,かつ,陳述書や証拠書類等を提出しない場合で,正当な理由がないときは,当事者が自ら聴聞期日への出頭(及び陳述書等の提出)を放棄しているのですから,「改めて意見を述べ,及び証拠書類等を提出する機会を与えることなく,聴聞を終結すること」ができます(23条1項)。
[当事者の場合(正当事由があるとき)] しかし,当事者が聴聞期日に出頭せず,かつ,陳述書や証拠書類等を提出しない場合でも正当な理由があるときは,当事者は聴聞手続に出頭したくてもできないのですから,更に意見陳述をする機会を認めなければなりません。ただ,その後,「聴聞期日への出頭が相当期間引き続き見込めない」のであれば,一定期間経過後に終結せざるを得ません。そこで行政手続法は,「期限を定めて陳述書及び証拠書類等の提出を求め,当該期限が到来したときに聴聞を終結することとすることができる。」(23条2項)としています。
[参加人の場合] 参加人が聴聞の期日に出頭しない場合は,たとえ正当な理由があったとしても,「改めて意見を述べ,及び証拠書類等を提出する機会を与えることなく,聴聞を終結すること」ができます(23条1項)。参加人は不利益処分を受ける当事者ではありません。そこで,当事者が聴聞期日に出頭し,また,主宰者も聴聞を終結できると判断したにもかかわらず,参加人の不出頭によって聴聞を終結できないとするのは妥当でないからです。
[聴聞調書] 「主宰者は,聴聞の審理の経過を記載した調書を作成」しなければなりません。この調書には,「不利益処分の原因となる事実に対する当事者及び参加人の陳述の要旨」を明らかにしておく必要があります(24条1項)。この調書は,「聴聞の期日における審理が行われた場合には各期日ごとに」作成し,もし,「当該審理が行われなかった場合には聴聞の終結後速やかに」作成しなければなりません(24条2項)。
[報告書] 主宰者は,前述の聴聞調書のほかに「聴聞の終結後速やかに,不利益処分の原因となる事実に対する当事者等の主張に理由があるかどうかについての意見を記載した報告書を作成」しなければなりません(24条3項前段)。そして,聴聞調書とともにこの報告書を,行政庁に提出しなければなりません(24条3項後段)。
[聴聞調書及び報告書の閲覧] 「当事者」又は「当事者に対する不利益処分によって自己の利益を害される参加人」は,聴聞調書及び報告書の閲覧を求めることができます(24条4項)。
[聴聞を経てされる不利益処分の決定] 保健所長は,聴聞の主宰者から聴聞調書及び報告書を受け取り,いよいよ不利益処分の決定をすることになります。この場合,保健所長は,(自分の部下である)補助職員を聴聞の主宰者として指名することもありますから,聴聞の主宰者の意見に必ず従わなければならないということはありません。しかし,聴聞の主宰者の意見を全く無視できるとするのも,聴聞の手続を無駄にしてしまうことになります。そこで行政手続法は,「行政庁は,不利益処分の決定をするときは,聴聞調書の内容及び報告書に記載された主宰者の意見を十分に参酌してこれをしなければならない。」(26条)としています。
このように,Aは,聴聞の手続により反論をする機会を保障された上で,初めて保健所長による営業許可の取消しという重い行政処分を受けることになります。
[聴聞の再開] なお,聴聞が終わり,保健所長が聴聞の主宰者から聴聞調書及び報告書を受け取った後でも,その後の事情によっては更にAに対して意見陳述の機会を与えるべき場合も生じることがあります。そこで行政手続法は,「行政庁は,聴聞の終結後に生じた事情にかんがみ必要があると認めるときは,主宰者に対し,…(24条3項の規定により主宰者から)…提出された報告書を返戻して聴聞の再開を命ずることができる。」(25条前段)と規定しています。この聴聞を再開する場合には,続行期日に関する行政手続法22条2項本文及び3項の規定が準用されます(25条後段)。
[中間付随処分に対する不服申立ての制限] 以上,聴聞と聴聞を経てされる不利益処分について説明しましたが,Aは,この聴聞に関する手続においても,保健所長や聴聞の主宰者から,様々な手続上の処分を受ける場合があります。例えば,Aが文書等の閲覧を請求したにもかかわらずその請求を却下された場合などです。このような処分は,聴聞における中間付随的な処分にすぎません。もしこれらの処分についてAに不服があっても,最終的な営業許可の取消処分自体について不服申立てを認めれば足り,いちいち中間付随的処分についてまで行政不服審査法による不服申立てを認める必要は少ないと考えられます。そこで行政手続法は,「行政庁又は主宰者がこの節の規定に基づいてした処分については,行政不服審査法による不服申立てをすることができない。」(27条1項)と規定しています。
[不利益処分に対する異議申立ての制限] また,営業許可の取消処分自体の不服申立てについても,既に聴聞手続で事前に意見陳述等の機会が与えられた上でされているのですから,(仮に異議申立てが認められているとして,)再び保健所長に異議を申し立てても結論は変わらないはずです。そこで行政手続法は,「聴聞を経てされた処分については,当事者又は参加人は,行政不服審査法による異議申立てをすることができない。」(27条2項本文)と規定しています。ここで制限されているのは処分行政庁に対する「異議申立て」であり,処分行政庁の上級行政庁等に対する「審査請求」をすることはできますので注意してください。
ただ,当事者に異議申立てが制限されるのは,既に聴聞という事前手続を保障されていたからですが,「公示による通知により当事者となり,かつ,聴聞期日に出頭しなかった者」は,現実には聴聞の機会を利用できなかったのであり,なお異議申立てを認める必要があります。そこで「公示による通知により当事者となり,かつ,聴聞期日に出頭しなかった者」には,この異議申立ての制限をしないことにしています(27条2項ただし書)。
保健所長がAに対して(営業免許の取消処分よりも軽い)営業停止処分を考えている場合には,前節で説明しました聴聞の手続を執る必要はなく,弁明の機会の付与で足ります。弁明の機会の付与については,聴聞と比較してどのような違いがあるかを理解しましょう。
[弁明の機会の付与の方式(書面主義)] 行政手続法は弁明の機会の付与について,「弁明は……,弁明を記載した書面(弁明書)を提出してするものとする。」(29条1項),「弁明をするときは,証拠書類を提出することができる。」(29条2項)と規定して,書面主義によることにしています(ただし,「行政庁が口頭ですることを認めたとき」は口頭による意見陳述権を認めることができます。)。聴聞が当事者に口頭による意見陳述権を認め口頭主義によることにしているのとは異なります。
[弁明の機会の付与の通知の方式] 弁明の機会の付与の場合も,聴聞の場合と同様に,当事者に通知をしなければなりません。この通知については,聴聞とほぼ同様の規定が置かれています。すなわち,「行政庁は,弁明書の提出期限(口頭による弁明の機会の付与を行う場合には,その日時)までに相当な期間をおいて,不利益処分の名あて人となるべき者に対し,次に掲げる事項を書面により通知」しなければなりません(30条)。
@ 予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項
A 不利益処分の原因となる事実
B 弁明書の提出先及び提出期限(口頭による弁明の機会の付与を行う場合には,その旨並びに出頭すべき日時及び場所)
[聴聞に関する手続の準用] なお,行政手続法15条3項の「公示による通知」の規定と16条の「代理人」に関する規定が準用されています(31条)。
第2章では,申請に対する処分について,また,第3章では,不利益処分(聴聞と弁明の機会の付与)について説明しました。これらは保健所長の行う「行政行為」という法行為に当たります。これに対し,第4章では「行政指導」という事実行為について説明します。
[行政指導の意義] 行政指導とは,例えば,衛生上の指導・勧告や税務相談などで,「行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導,勧告,助言その他の行為であって処分に該当しないもの」をいいます(2条6号)。一番大切なポイントは,「処分に該当しないもの」という点です。行政庁の処分(≒行政行為)が行われると,処分を受けた者と国や地方公共団体との間に権利や義務が発生します。そこで,処分を受けた者がそれを無視すると強制執行が行われたり,また,義務違反として不利益処分がされたりすることがあります。これに対し,行政指導が行われても,指導を受けた者に権利や義務は発生しませんので,指導を受けた者がそれを無視しても法的に何も問題は生じないのです。すなわち,行政庁が行政目的を実現するために「事実上のお願い」をしているだけだ,ということです。
したがって,行政指導は,処分に該当しませんから,不服申立て(行政不服審査法4条)や,抗告訴訟(行政事件訴訟法3条)の対象となりません。しかし,法的な拘束力がなくても「事実上の」損害が生じることはあり得ますから,国家賠償請求(国家賠償法1条)をすることは認められます。
[行政指導の一般原則] 行政指導は事実上のお願いにすぎないのですから,本来,指導を受けた者は,その指導を無視しても一向に差し支えない……はずなのですが,お願いをしてきたのは様々な権限を持っている行政機関ですから,これを無視すると「江戸の敵を長崎で討たれる」ことをおそれて,納得のいかない指導であってもそれに従ってしまう,という事態が生じていました。そこで行政手続法は,「行政指導にあっては,行政指導に携わる者は,いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。」(32条1項),「行政指導に携わる者は,その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として,不利益な取扱いをしてはならない。」(32条2項)と行政指導の一般原則を規定しています。
なお,行政指導は,行政庁だけでなく,行政庁の補助機関によっても行われますので,条文上,「行政指導に携わる者」という表現が使われています。
[申請に関連する行政指導] ここで話をAがレストランの営業許可申請をするときに戻しましょう。Aの営業許可の申請に対して,保健所長が,その申請内容のままでは営業許可処分をすることができないと考えているときなどは,許可申請を却下しないで,Aに申請の取下げや内容の変更をするように行政指導することがあります。Aが納得してこの行政指導に従うのであれば何も問題はありません。けれども,Aが許可申請に違法なところはないと考えてその行政指導に従う意思がない場合に,保健所長がいつまでも行政指導を継続すると,あくまで事実上のお願いにすぎない行政指導によって,Aの権利の行使を妨げることになってしまいます。そこで行政手続法は,「申請の取下げ又は内容の変更を求める行政指導にあっては,行政指導に携わる者は,申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明したにもかかわらず当該行政指導を継続すること等により当該申請者の権利の行使を妨げるようなことをしてはならない。」(33条)と規定しています。
[許認可等の権限に関連する行政指導] また,営業許可を得て営業中のAに対し,保健所長が衛生上の指導や勧告という行政指導をすることがあります。この場合にも,Aが行政指導に納得して従えば何も問題はありません。しかし,営業許可の取消処分や営業停止処分をする権限を持っている保健所長から,これらの権限を行使する意思がないにもかかわらず「行政指導に従わないのなら,営業許可の取消しもできるのですよ。」などと言われてしまうと,Aが理不尽な行政指導だと考えたとしても従わざるを得なくなってしまいます。そこで行政手続法は,「許認可等をする権限又は許認可等に基づく処分をする権限を有する行政機関が,当該権限を行使することができない場合又はする意思がない場合においてする行政指導にあっては,行政指導に携わる者は,当該権限を行使し得る旨を殊更に示すことにより相手方に当該行政指導に従うことを余儀なくさせるようなことをしてはならない。」(34条)と規定しています。
[行政指導の方式] ところで,行政指導の問題点は,行政行為とは異なって法律上の根拠がなくても行うことができるものですから,その内容が不明瞭だということです。そこで行政手続法は,「行政指導に携わる者は,その相手方に対して,当該行政指導の趣旨及び内容並びにその責任者を明確に示さなければならない。」(35条1項)と規定しています。
そして,行政指導が書面で行われた場合には,その書面に趣旨や内容,責任者が記載されていますが,口頭で行われた場合には,これらが不明確となってしまいます。そこで行政手続法は「行政指導が口頭でされた場合において,その相手方から前項に規定する事項を記載した書面の交付を求められたときは,当該行政指導に携わる者は,……これを交付しなければならない。」(35条2項)と規定しています。ただし,「行政上特別の支障」があるときは交付しなくても構いません。
また,行政指導が口頭で行われた場合であっても,例えば,住民票の交付請求があった際の窓口における「運転免許証か何か身分を証明できるものを見せてもらえますか。」という指導などのように「相手方に対しその場において完了する行為を求めるもの」や,「既に文書によりその相手方に通知されている事項と同一の内容を求めるもの」(35条3項)については,書面を交付する必要はありません。
[複数の者を対象とする行政指導] 複数の者に対して行政指導をする場合は,「同一の行政目的を実現するため一定の条件に該当する複数の者に対し行政指導をしようとするときは,行政機関は,あらかじめ,事案に応じ,これらの行政指導に共通してその内容となるべき事項を定め,かつ,行政上特別の支障がない限り,これを公表しなければならない。」(36条)と規定して,特定の者に対してのみ有利な情報を提供するなどの不公平な行政指導とならないようにしています。
[届出] 行政手続法は,届出についても規定しています。届出とは,「行政庁に対し一定の事項の通知をする行為であって,法令により直接に当該通知が義務づけられているもの」(2条7号)をいいます。第2章で学習した「申請」は,行政庁の許可などの処分を求める行為であり行政庁の応答が予定されているのに対し,「届出」は,行政庁の応答が予定されていない点が異なっています。届出の例としては,戸籍法で定められている出生届や死亡届などがあります。これらは,人が生まれたとか,人が死亡したという事実の事後報告ですから,「事後届出」といいます。これに対して,百貨店を出店するには大店法という法律で届出をすることが義務づけられており,この届出は,出店する前に必要な届出ですから,「事前届出」といいます。
問題となるのは,この事前届出の場合です。例えば,Aが新たに百貨店の出店を考えているときに,この届出をしたとしましょう。百貨店の出店は,従来,「許可制」とされていましたが,規制が緩和されて「届出」で足りるとされたものです。しかし,お役所が「受付」と「受理」とを区別して,まだ「受理」していないから,事前の届出義務の履行は終わっていないという扱いをすると,Aは,いつまでたっても出店することができなくなり,事実上,許可制とされているのと異ならなくなってしまい,せっかく規制を緩和した趣旨が無意味となってしまいます。
そこで行政手続法は,「届出が届出書の記載事項に不備がないこと,届出書に必要な書類が添付されていることその他の法令に定められた届出の形式上の要件に適合している場合は,当該届出が法令により当該届出の提出先とされている機関の事務所に到達したときに,当該届出をすべき手続上の義務が履行されたものとする。」(37条)と規定しています。
[地方公共団体の措置] 本章の補則では,地方公共団体の手続が行政手続法の適用除外となる場合の地方公共団体の採るべき措置についての規定が置かれています(38条)。この地方公共団体の措置については,第1章・総則の「三 行政手続法の適用範囲」のところで地方公共団体の適用除外とともに説明しましたので,そちらを参照してください。
以上で,行政手続法の説明を終わります。行政手続法がどのような法律なのか,また,行政手続の流れを理解したら,条文をしっかり読むようにしましょう(特に行政書士試験の場合には,条文の文言どおりの出題がされています。)。また,更に理解を深めたい方は,大学の先生などの専門家の方がお書きになったしっかりした文献を読んでみるのがよいと思います(本稿は,そこに行き着くまでの導入の役割を果たす目的で書かれているにすぎません。)。やはり考え抜かれた上で書かれている文章には奥深さが感じられます。法的思考力を身につけるには,優れた文献に触れるのが一番です。
執筆に当たり,主として以下の文献を参照させていただきました。
宇賀克也 行政手続法の解説(1996年,学陽書房)
兼子 仁 行政手続法(1994年,岩波書店)
南 博方 = 関 有一 わかりやすい行政手続法(1994年,有斐閣)